けなげなリコ

夏休みというと思い出す物語。

「リコはおかあさん」(間所ひさこ/作 山本まつ子/絵 ポプラ社  1969年発行)

小学生の時に読んで、大人になってからも読んで、娘が小学生の時も一緒に読んだ。
まだこの頃は、寝る前のお布団の中での読み聞かせがあったな。
主人公のリコと自分を重ね合わせて、一生懸命聞いていた。

リコは小学3年生。弟のハックン3歳半。
お母さんにはいま、お腹に赤ちゃんがいる。
8月になったら生まれる予定なので、お母さんはリコに、
「お母さんが入院したら、リコがお母さんよ。」
と言っていた。
リコは夏休みになったら、徐々に練習を始めようと思っていたのだ。


ところが、夏休みになんと第一日目にお母さんは産気づいてしまう。

リコがいつも憧れているテントウムシのブローチを、お母さんは衿もとから外し、リコのブラウスに留める。

「これは、おまもりよ。いまから、リコがお母さん。だから、このテントウムシがリコのかわりですよ。」


あわててたばこ屋の赤電話に走り、病院に電話するリコ。


まだ電話が一般家庭に普及しきっていない時代。
赤電話の受話器を持って、話すリコの姿。
片っぽしかはいていない靴下。
山本まつ子さんの絵が、かわいい。




古い話なのでいまの子どもが読むと、ところどころ時事的に実感がないだろうが、感情の動きがきめ細やかでとてもよい物語なのだ。
お姉ちゃんとしてしっかりしないと、と決意するリコ。


中学の体育の先生をしているお父さん。
何かとリコを手こづらせるあどけない弟。
いなかから出てきたおばあちゃんとの同居。



いろんなエピソードに現実味があり、どの立場の人物もちゃんと描けている。
こんな描き方、いま山のように出版されているもののなかには、ありそうでない。



そしてこの物語のもうひとつの魅力は、ファンタジーでもあることなのだ。

お母さんのブローチを毎日胸につけているリコに、「リ、コ」と声がする。
(あたしは、あなたよ。もうひとりのリコよ。)
(お母さんが、いったでしょう。あたしが、リコのかわりだって…)
「でも、リコって、ほんとはあたしよ!」
あわてて反論するリコ。
(そんなら、あたしは、小さいリコ。チイリコって、よんでよ。)



それからテントウムシのブローチを「チイリコ」を、相談相手にするリコ。
チイリコがいざなってくれるのか、日々奮闘の毎日の中にリコは不思議な経験をいくつもする。
その小さなエピソードが、みんなすごくいい。



娘に読んでやっていた昔、デパートであった昆虫展で小さなテントウムシの小物を見つけた。
「あっ、チイリコ!」
思わず声が出て、私はそのテントウムシを買った。


帰って娘に「じゃじゃ〜ん!」と見せると、「あっ、チイリコ!」
残念ながら、それはブローチではなかったけれど、いまも箱に入って本だなに飾っている。
2人で喜んだのも、はるか昔のことになってしまったなぁ。

作者の間所ひさこさんについては、私は絵本作家という印象の方が強い。詩集も出されていたように思う。
でも、この本がだんとつだ。
うまく言えないが、作者が書きたい気持ちがあふれている作品だと思う。



もう絶版だと思うので、もし読みたいと思って下さった方がいたら。図書館で閉架になっているのを読むしかないかな。古本市でもたまに出ていることがある。

とにかく夏にぴったりな物語だ。