生涯の仕事にめぐりあったとき


 司書会で、中学の司書さんから紹介を受けた本が魅力的で、「それ以上あらすじを言わないで」とわがままにもさえぎってしまった私。
さっそく貸してもらったが、久しぶりに時間を忘れ読みふけった。ページが終わりに近づくにつれ、悲しくなったほどだ。

 アラビア文化の香りが物語の波乱万丈な盛り上がりに彩りを添え、欧米のファンタジーにはない新鮮さがあった。
 またファンタジーでありながら、作中に出てくるカスィーダ(長詩)などの詩句は実在した前イスラーム時代のアラブ詩人だそうだ。それも物語に奥行きをつくっているのではと感じた。

 王子ワリードに陥れられた不運な絨毯売りのハンマードが、前任者が亡くなり放置された歴史資料編纂室の仕事を命じられる。
 乱雑に置かれたパピルスの山を年代順に整理する仕事は、とても数年では終わらないだろう。家族のもとに帰れると信じていたハンマードは、ワリードの策略の前で悲嘆にくれる。

 だが、ここからハンマードは毎日資料の編纂に明け暮れるうちに変化していく。自分で意図したことではないのだが、膨大な資料をひも解いているうちに、ハンマードの精神世界を広げていくのだ。現実に囚われている身は何も解決していない。しかし、ハンマードの知識欲は彼の精神の荒廃をくいとめ、いつのまにか編纂室は少しずつ整理されていく。
物語のクライマックスはここではないのだが、私はこのくだりに強くひきつけられた。
 
 獲得した知識がきっかけとなって、ハンマードはさらに大変な事態に巻き込まれていくのだが。
 そこからの常人を逸してしまった姿。ワリードが言い返せないくらいに不気味な存在感を増していく。

 主人公はハンマードではなく王子ワリードで題名どおり「漂泊の旅」の物語だし、それはそれで興味の尽きない本なのだけど、私はどちらかというとハンマードに心をよせて読んだようだ。
 そして、やらずにいられない生涯の仕事にめぐりあった彼の壮絶な人生を想い、私にとってその仕事とはなんだろうかといまも考えている。

 ふと「チワンのにしき」(君島久子/再話  ポプラ社)を思い出した。町でみかけた美しい村の絵を見て、明けても暮れてもその村を錦に織るようになってしまった母親の物語だ。

 どうも私は、こういう人物にひかれてしまうようだ。